HOME / 日常の心理学 / 講座 / 第3章 脳と心 / 脳の部位のはたらき
第3章 脳と心 ・ レッスン3-3脳の部位とそれぞれのはたらき。記憶と感情を例に
読む時間の目安: 4分 ・ 公開日 2026-10-01
このレッスンの学習目標
- 海馬が新しい記憶を作る働きに関わることを、症例をもとに説明できる
- 扁桃体が感情に関わる脳の部位であることを説明できる
- 脳のある部位が失われると、特定の働きだけが失われることを説明できる
要点
- 脳の部位とは、場所によって担う役割が異なる、脳を構成する区画のことです。
- 1953年に手術で両側の海馬などを切除された患者H.M.は、手術後に新しい出来事を覚えられなくなりましたが、手術より前の記憶や新しい運動技能の習得は保たれていました。
- 扁桃体は、怖さなどの感情にまつわる記憶の処理に関わる脳の部位であることが、その後の研究で示されています。
01脳は1つの塊ではなく、役割分担がある
脳は部位ごとに異なる働きを担っており、ある部位を失うと特定の働きだけが失われることがあります。
脳は見た目には1つの臓器ですが、場所によって担っている働きが異なります。心理学や神経科学では、脳のある部位を病気や事故、手術で失った人の症例を詳しく調べることで、その部位がふだん何をしているのかを明らかにしてきました。
ある部位を失った人に、どの働きが失われ、どの働きが保たれているかを見ることで、「この部位はこの働きに関わっている」という手がかりが得られます。これは、ある部品を取り外した機械がどう動かなくなるかを見て、その部品の役割を推測するのに似ています。
この方法で最もよく知られた例の1つが、海馬という部位と記憶の関係を明らかにした、患者H.M.の症例です。
02患者H.M.の症例が示した、海馬と記憶の関係
海馬などを切除された患者H.M.は、手術後の新しい出来事を覚えられなくなりましたが、古い記憶は保たれていました。
患者H.M.は、てんかんの治療のため、1953年に脳の両側にある海馬・扁桃体・隣接する海馬傍回を手術で切除しました。この症例を報告した1957年の論文は、神経科学の中でもきわめて多く引用されてきました。
2009年に発表された論文によれば、H.M.は手術後、日常の出来事をほぼ発生と同時に忘れるようになりました。一方で、手術の3年ほど前からの記憶にはあいまいさがあったものの、それより古い記憶はほぼ保たれており、新しい運動技能を練習して身につけることもできました。
この症例は、新しい出来事を覚える働き(宣言的記憶)と、運動技能を覚える働きが、脳の中で別の仕組みによって支えられていること、そして海馬が新しい記憶を作るうえで重要な役割を担うことを示しました。
03扁桃体と、感情にまつわる記憶
扁桃体は、怖さなどの感情にまつわる場面の記憶を処理するときに活動が高まる脳の部位です。
海馬のすぐ近くにある扁桃体という部位は、感情に関わる脳の部位として知られています。2022年に発表された研究のまとめによれば、こわい場面や感情を強く揺さぶる場面を見たり思い出したりするとき、何でもない場面を見るときに比べて、扁桃体の活動が高まることが報告されています。
ただし同じ論文は、個人的な体験を思い出すときの扁桃体の活動は、研究によって見られたり見られなかったりし、扁桃体がどんな感情記憶にも一様に働くわけではないとも指摘しています。脳の部位の働きを考えるときは、「この部位がこの働きをする」と単純に決めつけず、条件によって変わりうることにも注意が必要です。
同じ論文では、同じ感情的な場面を何度も見せられると、扁桃体の活動はかえって下がっていく「反復抑制」と呼ばれる現象も報告されています。感情と記憶の関わり方は、場面の種類や繰り返しの有無によっても変わる、複雑な仕組みであることがわかります。
KEYWORDSキーワード(日本語・英語)
このレッスンで覚えておきたい用語です。英語名も一緒に覚えると、海外の教科書や論文が読みやすくなります。
脳の中にあり、新しい出来事の記憶を作るうえで重要な役割を担う部位。
海馬の近くにあり、感情、とくに恐怖などに関わる記憶の処理に関わる脳の部位。
出来事や知識など、言葉で言い表せる記憶。
脳の損傷より前の出来事を思い出せなくなる記憶障害。
出典
LESSON 3-3 の仕上げ
確認クイズ(全3問)
学んだ内容を確かめましょう。答えを見る前に、自分で選んでみてください。
Q1. 患者H.M.が手術後に起きた変化として、正しいものはどれですか。
- 新しい出来事をほぼ覚えられなくなったが、古い記憶や新しい運動技能の習得は保たれていた
- すべての記憶を失い、新しい運動技能も身につけられなくなった
- 感情だけを感じられなくなり、記憶には影響がなかった
答えを見る
正解: 1. 新しい出来事をほぼ覚えられなくなったが、古い記憶や新しい運動技能の習得は保たれていた
H.M.は新しい出来事を覚える働きだけを失い、古い記憶や運動技能の習得は保たれていました。
Q2. H.M.の症例から、海馬についてわかることは何ですか。
- 海馬は、新しい記憶を作るうえで重要な役割を担っている
- 海馬は、運動技能の習得にのみ関わっている
- 海馬を失っても、記憶にはまったく影響がない
答えを見る
正解: 1. 海馬は、新しい記憶を作るうえで重要な役割を担っている
海馬を含む部位を切除されたH.M.は新しい記憶を作れなくなったことから、海馬の役割がわかりました。
Q3. 扁桃体についての説明として、適切なものはどれですか。
- こわい場面などの感情にまつわる記憶の処理で、活動が高まることがある
- すべての感情的な記憶で、常に同じように強く活動する
- 記憶にはまったく関わっていない
答えを見る
正解: 1. こわい場面などの感情にまつわる記憶の処理で、活動が高まることがある
扁桃体は感情にまつわる記憶の処理に関わりますが、その活動は条件によって変わります。
レッスン3-3はここまでです
クイズで迷った問題があれば、その見出しの本文を読み直してから次に進みましょう。