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第15章 心の不調を理解する ・ レッスン15-1心の不調はどう決まるのか。正常と異常の境界
読む時間の目安: 5分 ・ 公開日 2026-10-02
このレッスンの学習目標
- 精神疾患(心の不調)の定義を、DSM-5の言葉で説明できる
- 単なる「人と違う」こと(逸脱)と、心の不調の違いを説明できる
- 身近な人の死を深く悲しむことが、なぜ心の不調にあたらないかを説明できる
要点
- 精神疾患(心の不調)とは、認知・感情・行動における臨床的に意味のある乱れが、心の働きの機能不全を反映している状態のことです。
- 政治的・宗教的に周囲と異なる考えを持つことのような「逸脱」は、それだけでは心の不調にあたりません。機能不全が伴って初めて不調とみなされます。
- 身近な人を亡くした悲しみのような、誰もが経験する自然な反応も、心の不調には含まれません。
01心の不調はどう定義されるのか
精神疾患とは、認知・感情・行動の臨床的に意味のある乱れが、心の働きの機能不全を反映している状態のことです。
心の不調という言葉は、日常会話では「ちょっと変わった人」「気分が落ち込んでいる状態」のように、幅広い意味で使われます。しかし精神医学・心理学が使う「精神疾患(mental disorder)」という言葉には、公式な定義があります。アメリカ精神医学会(APA)が2013年に定めたDSM-5の定義によると、精神疾患とは、認知・感情の調整・行動における臨床的に意味のある乱れであり、その人の心の働きを支える心理的・生物学的・発達的な過程の機能不全を反映しているものです。この定義は、2025年にVaccaらが専門誌Behavioral Sciencesに発表した総説論文でも確認できます。
さらにDSM-5は、精神疾患が通常、社会生活や仕事など、重要な場面での大きな苦痛や支障と結びついていると説明しています。つまり、心の働きに乱れがあるだけでなく、それによって生活に支障が出ていることが、判断の目安の1つになります。
02「普通と違う」だけでは心の不調にならない
政治的・宗教的な考えの違いのような社会的な逸脱は、それ自体では心の不調にあたらず、機能不全を伴って初めて不調とみなされます。
DSM-5は、心の不調にあたらないケースもはっきりと示しています。その1つが、社会的に「逸脱」とみなされる行動です。政治的・宗教的・性的な面で周囲と異なる考えや生き方を持つことや、個人と社会との対立は、それ自体では精神疾患にはあたりません。Vaccaらの総説論文は、DSM-5のこの部分を、逸脱や対立が本人の機能不全から生じている場合を除いて、精神疾患ではないとまとめています。
もう1つの例が、身近な人の死のような、誰もが経験する出来事への自然な反応です。DSM-5は、一般的なストレス要因や喪失に対する、予測できる、または文化的に認められた反応(たとえば、大切な人の死への反応)を、精神疾患から明確に除いています。深い悲しみそのものではなく、その悲しみが心の働きの機能不全を伴っているかどうかが、判断の分かれ目になります。
このように、「普通と違う」ことや、「つらい思いをしている」ことだけでは、心の不調の判断基準にはなりません。この章では、不安症やうつ病など、機能不全を伴う具体的な不調を順番に見ていきます。
03なぜ心の不調の定義はこれほど難しいのか
精神疾患の明確な定義が初めて示されたのは1978年で、その後も議論が続き、専門家の間に統一見解はいまだありません。
心の不調を、誰もが納得できる形で定義することは簡単ではありません。Vaccaらの総説論文によると、精神疾患の明確で広く使われる定義が初めて示されたのは1978年で、アメリカの精神科医スピッツァーとエンディコットによるものでした。この定義は1980年のDSM第3版(DSM-III)に取り入れられ、以降、DSMは版を重ねるごとに定義を見直してきました。
Vaccaらの論文は、DSM-第3版からDSM-5-TRまでの約40年間に、定義が6回改訂されたものの、「臨床的な重要性」「生活への支障」「機能不全」という骨格は大きく変わっていないと報告しています。一方、2025年にPetrettoらが専門誌Frontiers in Psychologyに発表した別の総説論文は、過去50年間に出版された64本の論文を調べたうえで、精神疾患について専門家の間で広く合意された定義は、いまだ得られていないと結論づけています。
つまり、どこまでが「普通」で、どこからが「不調」なのかという境界は、研究が進んだ今も完全には決着していない問題です。次のレッスンから、不安症・うつ病・統合失調症という、代表的な心の不調を具体的に見ていきます。
KEYWORDSキーワード(日本語・英語)
このレッスンで覚えておきたい用語です。英語名も一緒に覚えると、海外の教科書や論文が読みやすくなります。
精神疾患とは、認知・感情・行動における臨床的に意味のある乱れで、心の働きの機能不全を反映した状態のことです。
機能不全とは、心や体のしくみが、本来の働きを果たせなくなっている状態のことです。
診断基準とは、ある疾患だと判断するために満たす必要がある、症状や状態の条件のことです。
出典
- Vacca, M. et al. (2025) “Definitions of ‘Mental Disorder’ from DSM-III to DSM-5,” Behavioral Sciences, 15(6), 830.
- International Advisory Group for the Revision of ICD-10 Mental and Behavioural Disorders (2011) “A conceptual framework for the revision of the ICD-10 classification of mental and behavioural disorders,” World Psychiatry, 10(2), 86–92.
- Petretto, D.R. et al. (2025) “‘What is in a name?’—Definition of mental disorder in the last 50 years: a scoping review,” Frontiers in Psychology.
LESSON 15-1 の仕上げ
確認クイズ(全3問)
学んだ内容を確かめましょう。答えを見る前に、自分で選んでみてください。
Q1. DSM-5の定義で、精神疾患と判断するために欠かせない要素はどれか。
- 心の働きの機能不全を反映していること
- 周囲と比べて変わった行動であること
- 強い悲しみを感じていること
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正解: 1. 心の働きの機能不全を反映していること
DSM-5の定義の核心は機能不全であり、単なる逸脱や悲しみの強さだけでは精神疾患にあたりません。
Q2. 身近な人を亡くした直後に深く悲しむことについて、DSM-5はどう位置づけているか。
- 機能不全を伴わない自然な反応であれば、精神疾患にはあたらない
- 悲しみの強さにかかわらず、必ず精神疾患にあたる
- 喪失への反応は、常に専門的な治療が必要になる
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正解: 1. 機能不全を伴わない自然な反応であれば、精神疾患にはあたらない
DSM-5は、一般的なストレス要因や喪失への予測できる反応を、精神疾患から明確に除外しています。
Q3. 精神疾患の明確な定義は、いつ頃、誰によって初めて示されたか。
- 1978年、スピッツァーとエンディコットによって
- 1990年、世界保健機関(WHO)によって
- 2013年、DSM-5の出版で初めて
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正解: 1. 1978年、スピッツァーとエンディコットによって
Vaccaらの総説論文によると、1978年にスピッツァーとエンディコットが示した定義が、1980年のDSM-IIIに取り入れられました。
レッスン15-1はここまでです
クイズで迷った問題があれば、その見出しの本文を読み直してから次に進みましょう。